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盛岡地方裁判所 昭和58年(ワ)291号 判決 1987年12月25日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二四五二万九一五五円及びこれに対する昭和五八年二月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、いずれも物上保証人武藤喜清一所有の別紙物件目録(一)及び(二)記載の各物件(以下同目録(一)の全物件を総称して「(一)物件」といい、そのうちの各物件を指すときは番号により「(一)の1物件」というようにいう。同目録(二)の物件についても同じ。)のうち、(一)の1ないし8物件及び(二)の4、5物件につき別紙根抵当権登記目録A記載の共同根抵当権(以下「A根抵当権」という。)を、また、(一)及び(二)の全物件につき同登記目録B記載の共同根抵当権(以下「B根抵当権」という。)を有していた。

一方、原告は、(二)物件につき、右被告のA及びB根抵当権に引き続き、次順位の同登記目録C記載の共同根抵当権(以下「C根抵当権」という。)を有していた。

2  被告は、昭和五七年二月一五日、(一)物件についての前記A及びB根抵当権を放棄し、盛岡地方法務局昭和五七年二月一八日受付第六一五二号をもって右根抵当権の抹消登記をなした。

3  被告は、その後、(二)物件についての前記A及びB根抵当権に基づいて盛岡地方裁判所に任意競売の申立(昭和五七年(ケ)第六八号)をしてこれを実行し、昭和五八年二月二四日の配当期日において、(二)の4、5物件の競売代金から競売手続費用(金八六万三八一四円)を除き金三一〇二万五一八六円の配当金を受領した。

4  右配当期日時点における原告の債務者株式会社大安(以下「大安」という。)に対する被担保債権額は金二四五二万九一五五円(昭和五五年五月一日原告と大安との間で締結されたリース契約の解除による約定の規定損害金一九五二万八七五〇円及びこれに対する昭和五六年一〇月一日から昭和五八年二月二四日までの日歩五銭の割合による遅延損害金四九九万九三六〇円、競売手続費用金一〇四五円の合計金)であるが、被告が(一)物件についてのA及びB根抵当権を放棄しなかった場合、(一)及び(二)物件についてのA及びB根抵当権により担保される被告の債務者大安に対する債権の額は金一億四二〇〇万円(元本合計額金一億二七三四万四一九六円及びこれに対する利息、損害金の合計金)であり、他方、(二)物件の評価額(昭和五七年(ケ)第六八号任意競売事件におけるもの)の合計は金四一五九万円、(一)物件の評価額の合計は少なくとも金二億三四九四万円を下らないから、被告の前記債権額の(一)及び(二)物件の負担分をその評価額に応じて配分すると、(一)物件の負担額分は金一億二〇四八万円、(二)物件の負担額分は金二一五二万円となる。

したがって、もし被告が(一)物件についてのA及びB根抵当権を放棄しなかったならば、(二)物件の次順位根抵当権者である原告は民法三九二条二項後段により(一)物件に代位しうる権利を有するのであるから、被告は、根抵当権を放棄消滅させた(一)物件の前記負担額分金一億二〇四八万円のうち少なくとも放棄がなかったならば原告が(一)物件の根抵当権に代位できた原告の前記債権額金二四五二万九一五五円の限度において、(二)物件の競売代金から優先弁済を受けられないというべきである。

しかるに、被告は、前記のとおり(二)の4、5物件の競売代金から金三一〇二万五一八六円の配当金を受領し、法律上の原因なくして原告の損失において右配当金のうち金二四五二万九一五五円を利得したものであって、右利得につき悪意というべきである。

5  被告は、(一)物件についてのA及びB根抵当権を放棄すれば、(二)物件の次順位根抵当権者である原告が有する(一)物件に代位しうる権利を侵害することを知り、あるいは容易に知り得たのに、所有者である武藤喜清一から(一)物件を買受けた菱和産業株式会社(以下「菱和産業」という。)と相謀り、菱和産業に利益を得させんがためその要求に応じ、(一)物件の担保価値が少なくとも二億三四九四万円を下るものでないのに菱和産業からわずか金六五五五万九八六二円を受領することにより、しかも、残物件((二)物件)の競売により被告の残債権の満足が得られなかったときは菱和産業が補償することを条件に、(一)物件についてのA及びB根抵当権を放棄して原告の正当な代位権行使を抹殺し、もって、原告に対し、右放棄がなかったならば原告が(一)物件につき代位権を行使することにより最終的に弁済を受けることができた原告の前記債権額金二四五二万九一五五円相当の損害を与えた。

よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、右金二四五二万九一五五円の利得金又は損害金及びこれに対する被告が利得した日又は被告の不法行為の後である昭和五八年二月二四日から支払ずみまで民法所定五分の割合による利息又は遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

(認否)

1 請求原因1ないし3は認める。

2 同4のうち、(一)物件についてA及びB根抵当権を放棄しなかった場合の被告の大安に対する被担保債権額及び(二)物件の評価額は認め、原告の大安に対する被担保債権額は知らない。その余は否認する。

3 同5のうち、菱和産業が所有者である武藤喜清一から(一)物件を買受けたこと、被告が菱和産業の要求に応じ、原告主張の金額を受領し、かつ、原告主張のような条件で(一)物件についてのA及びB根抵当権を放棄したことは認め、その余は否認する。

なお、(一)物件の評価額については、(一)物件の被告の根抵当権が放棄されなければ菱和産業が宅地造成を完成し転売することはありえなかったはずであるから、宅地造成後の売買価格を基準とすべきではなく、右根抵当権放棄当時の地目農地としての価格によるべきである。

(被告の主張)

1 民法三九二条二項後段の代位の規定は共同抵当物件が債務者所有の場合に限って適用されるというのが判例の確定的見解であるところ(大判昭和四年一月三〇日、最判昭和四四年七月三日参照)、本件(一)及び(二)の物件はいずれも債務者大安の所有ではなく、物上保証人武藤喜清一の所有であるから同条項の適用はなく、原告には法律上代位権がないので、代位権があることを前提とした原告の主張は失当である。

2 仮にそうでないとしても、後順位抵当権者は、民法三九二条二項により先順位抵当権者の競売物件以外の物件についての抵当権につき代位できる場合であっても、現実に競売の結果代位権を取得するまでは一種の期待権を有するにすぎず法律の保護に値するものではない。要は、競売代金の配当において、抵当権を放棄した者に制裁を科すことが正当かどうかというだけのことである。原告の場合は、(一)の1ないし8物件について別紙根抵当権登記目録D記載の共同根抵当権(以下「D根抵当権」という。)を設定していたところ、昭和五六年一月一二日解除を原因としてD根抵当権の抹消登記をしたうえ、新たに(二)物件にC根抵当権を設定したものであって、自ら任意に(一)の1ないし8物件について根抵当権を放棄しておきながら、その後原告と同様の立場でほぼ同一物件につき根抵当権を放棄した被告に制裁を科すのは不当である。原告は(一)の1ないし8物件についての根抵当権を解除、抹消しなければ債権の弁済が得られたはずで、自らの考え違いによって無償で根抵当権を解除したからといって、有償で根抵当権を放棄した被告を非難し、(二)物件の競売代金から順位以上の配当を受ける理由はない。

三  原告の反論

1  民法三九二条二項後段の適用に関して、共同抵当物件の全部が債務者の所有に属する場合と、共同抵当物件の全部が同一の物上保証人の所有に属する本件のごとき場合とで、区別すべき合理的根拠は全く存在しないのであるから、(二)物件の次順位抵当権者である原告は、民法三九二条二項後段により(一)物件に代位しうる権利を有すると解すべきである。被告の1の主張は、共同抵当の配当に関する民法三九二条一項、二項の規定がひとえに後順位抵当権者を保護し、もって目的不動産の担保価値の利用を図るために設けられたものであることを理解しないものである。もし、被告のような主張を許すとすれば、先順位の共同抵当権者の恣意によって、ある不動産の負担が自由に増大せられ、後順位抵当権者はその目的不動産のみをもって先順位共同抵当権者の総債権額を負担すべきことを覚悟せざるを得ないものとなり、担保価値の固定化を避け、後順位抵当権者を保護せんとする民法三九二条一項、二項の規定の趣旨は全く没却されることになる。

2  原告が(一)の1ないし8物件についてのD根抵当権を解除して、(二)物件についてのC根抵当権への付け替えに応じたのは、大安や菱和産業から、(一)物件の売却代金によって被告に対する債務を弁済するので(二)物件については原告に優先する根抵当権者がいなくなり原告の債権を確保することができる旨説明され、原告の協力を懇願されたことによるものであって、原告は被告がまさか金六五〇〇万円余りの弁済受領と引換えに(一)物件の根抵当権を放棄するとは夢にも考えたことはなく、右被告の権利濫用ともいうべき根抵当権の放棄と、一銭の対価も受領していない原告の根抵当権の解除、付け替えとを同視することはできない。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1ないし3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、原告は、(二)物件の後順位根抵当権者である原告が、民法三九二条二項後段により、先順位者である被告の共同根抵当権の他の目的物件である(一)物件につき代位しうる権利を有することを前提に、被告が右代位されるべき(一)物件の根抵当権を放棄したうえ(二)物件の根抵当権を実行し、その代価から配当を受けたことをもって不当利得又は不法行為に当たる旨主張する。

しかしながら、民法三九二条二項後段の代位の規定は、共同(根)抵当の目的物件の全部が債務者の所有に属する場合にのみ適用があるというべきであって、物上保証人提供の不動産が共同(根)抵当の目的物件の一部又は全部を構成している場合には同条項の適用はなく、後順位(根)抵当権者はそもそも同条項の代位権を取得しないと解するのが相当である(大判昭和一一年一二月九日民集一五巻二四号二一七二頁、最一小判昭和四四年七月三日民集二三巻八号一二九七頁参照。)。

けだし、他人の債務について物的な責任を負う物上保証人が提供したその所有不動産の担保価値の利用は、物上保証人をしてなさしめるのが一層妥当というべきであって、もし民法三九二条二項後段により後順位(根)抵当権者に代位を認めると、物上保証人は、右代位される物上保証不動産に存在する(根)抵当権を抹消するために、物上保証の被担保債権全額と当該物上保証不動産に割り付けられた額との双方を弁済しなければならなくなり、物上保証不動産が本来の債務だけでなく、債務者の他の債務をも担保する結果となって、物上保証人が不当に害されることになるからである(また、右により物上保証人が代位弁済すると、物上保証人の代位と後順位抵当権者の代位とが無限に循環することにもなる。)。

これに対し、原告は、民法三九二条二項後段の適用につき、共同(根)抵当の目的物件の全部が債務者の所有に属する場合と、その全部が同一の物上保証人の所有に属する本件のごとき場合とで区別すべき合理的な根拠はなく、後者の場合に同条項の適用を認めないのは、後順位(根)抵当権者を保護し目的物件の担保価値の利用を図ろうとする右規定の趣旨を没却するものである旨反論するのであるが、民法三九二条二項後段の代位は、先順位共同(根)抵当権者と後順位(根)抵当権者との権利行使の調整を問題とするものというべきであって、共同(根)抵当の目的物件として物上保証人所有のものが存在するため物上保証人と後順位(根)抵当権者との間の権利行使の調整が問題になる場合については、最高裁昭和五三年七月四日判決(民集三二巻五号七八五頁)、大審院昭和一一年一二月九日判決(民集一五巻二四号二一七二頁)が判示するように、後順位(根)抵当権者は民法三九二条二項後段による代位権は取得しえないが、物上保証人が民法五〇〇条の法定代位によって取得した(根)抵当権の上に一種の物上代位(民法三七二条、三〇四条)をなし得ると解することによって両者の利益の調整を図ることが相当であり、後順位(根)抵当権者は右の限度において保護されるというべきである。もっとも、前記最高裁昭和五三年七月四日判決は、債務者所有の不動産と物上保証人所有の不動産とを共同抵当の目的として数個の抵当権が設定され、物上保証人所有の不動産について先に競売がされた場合の事例であり、大審院昭和一一年一二月九日判決は共同抵当の目的物件の所有者がそれぞれ別の物上保証人である場合に関する事例であって、共同抵当の目的物件の所有者が同一の物上保証人である場合に関するものではないが、前記判例の理論を押し進めれば、たとえば、物上保証人甲が提供したその所有のイ及びロの二個の不動産にAが共同抵当権の設定を受け、ロ不動産の代価から負担額分以上の弁済を受けた場合においても、ロ不動産の後順位抵当権者Bはイ不動産上のAの抵当権に直接代位することはないが、観念的には物上保証人甲がイ及びロ不動産の価額に応じてイ不動産上のAの抵当権に代位し、これを物上代位の理をかりてBが代位行使すると解することができるのであるから、共同抵当の目的物件の全部が同一の物上保証人の所有である場合にも、前記最高裁判決と同一の理論構成をとって物上保証人と後順位抵当権者との利益調整を図るのが相当というべきである。そしてまた、このように解することによって、物上保証人の提供した不動産についての効率的な利用を図ることができるといいうるのである。

三  そうすると、本件(一)及び(二)物件は債務者大安の所有ではなく、全て物上保証人武藤喜清一の所有に属するものであったことは当事者間に争いがないのであるから、前記二に説示のとおり、もともと(二)物件の後順位根抵当権者である原告は、(一)物件について代位することができないものであって、先順位の共同根抵当権者である被告が(一)物件の根抵当権を放棄してもなんら不利益を被る地位にはなく、また、本件では物上保証人の法定代位を観念する余地もないのであるから、結局、原告が(一)物件につき代位しうる権利を有することを前提とした原告の不当利得又は不法行為の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、失当というべきである。

(ちなみに、本件において、原告は、(二)物件につきC根抵当権の設定を受けるにあたり(一)の1ないし8物件に設定されていたD根抵当権を解除抹消したのは、(一)物件を菱和産業に売却したのでなんとかD根抵当権を抹消してほしいと債務者である大安から懇願されたためである旨を自認しているのであるから、(一)物件についての被告のA及びB根抵当権が抹消されることを当然予想しえたというべきであり、(一)物件のA及びB根抵当権に代位しうることを期待して(二)物件に後順位のC根抵当権を設定したものでないことはその主張自体から明らかなところである。)

四  よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

物件目録 (一)

1 紫波郡都南村大字西見前一五地割字和野

一七六番  田   五九四平方メートル

2 前同所

一七七番  田   五九六平方メートル

3 前同所

一七八番  田   九八六平方メートル

4 前同所

一七九番  田   四九〇平方メートル

5 前同所

一八〇番  田   二七〇平方メートル

6 前同所

一八一番  田   二三〇平方メートル

7 前同所

一八二番一 田   九五〇平方メートル

8 前同所

一八三番一 田   三六五平方メートル

9 前同所

一八四番二 田   三八二平方メートル

10 前同所

一八五番一 田   一〇六平方メートル

11 前同所

一八六番  田   五三〇平方メートル

12 前同所

一八八番  田   四九九平方メートル

物件目録 (二)

1 紫波郡都南村大字西見前一五地割字和野

一六七番一 田   一九五平方メートル

2 前同所

一六九番  田   一一六平方メートル

3 前同所

一七〇番  田   三六八平方メートル

4 前同所

二四番一  宅地  一四五一・二一平方メートル

5 紫波郡都南村大字西見前一五地割字和野二四番地一

家屋番号  二四番一

木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅

床面積   一階  一三一・七五平方メートル

二階   六三・九八平方メートル

根抵当権登記目録

A 共同根抵当権

盛岡地方法務局昭和五四年一二月一八日受付第四九〇六八号

原因      昭和五四年一二月一七日設定

極度額     金七〇〇〇万円

債権の範囲   銀行取引・手形債権・小切手債権

債務者     株式会社大安

根抵当権者   被告

B 共同根抵当権

盛岡地方法務局昭和五五年八月五日受付第二七五七七号

原因      昭和五五年七月三一日設定

極度額     金七二〇〇万円

債権の範囲   銀行取引・手形債権・小切手債権

債務者     株式会社大安

根抵当権者   被告

C 共同根抵当権

盛岡地方法務局昭和五六年一月一二日受付第七六一号

原因      昭和五六年一月一二日設定

極度額     金三二八二万円

債権の範囲   昭和五五年五月一日リース取引・売買取引・商品供給取引・手形債権・小切手債権

債務者     株式会社大安

根抵当権者   原告

D 共同根抵当権

盛岡地方法務局昭和五五年九月二七日受付第三四一〇二号

原因      昭和五五年七月一六日設定

極度額     金三二八二万円

債権の範囲   昭和五五年五月一日リース取引・売買取引・商品供給取引・手形債権・小切手債権

債務者     株式会社大安

根抵当権者   原告

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